悟るとは?
※少し内容が怖いです。
悟るとは、
さとる
さをとる
さの次は、
し
死
悟りの体験とは、死の体験かもしれない。
仏教をつくった、ブッダも、修行をして、死を体験したのかもしれない。
ただ、自分は、悟った、悟っている、悟れていると、語る人は、悟れていない可能性が高いかもしれない。
なぜなら、悟るとは、死、そのもので、
口に出すのも怖ろしいものだったりするのだから、
軽々しく、口には、出せないのかなとも思う。
悟りとは、圧倒的な主観的体感なのだから、
誰も確証は、とれないのだけれども。
そうではないか、そうではないのではないかといった推測に過ぎない。
ただ、もし、ブッダのように、悟れている人が、この世にいるとしたら、
公には、表社会には、出てこないだろうなとも、思える。
自分は、そのような体験は、したことがないからわからないが。